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ご挨拶
私は在満国民小学校 6 年( 1945 年昭和 20 年)の時に
中国(旧満州)と北朝鮮の国境・鴨緑江のほとり丹東市(旧安東市)で
終戦を迎えました。
若き日雄大な荒野に落ちる真っ赤な夕陽に夢を馳せ、
ロバにまたがり厳冬の大地の中を青っ鼻をたれ走り回った
少年の頃の思い出を今も故郷として私の脳裏に焼きついています。
終戦後見知らぬ祖国・日本に帰国して棘の道を歩きましたが、

その天命は甘受して前進するのが男の道だと思い今日迄参りました。

父が満州に移住した開拓魂の血を受けた私は世界のあちこちを飛び歩き、
40 ヶ国にあまる国の土を踏んできました。
特にパキスタンで ONYX の原石をイランアフガン国境の山で発掘し、
イタリヤ・台湾・日本等に輸出しておりました。
中国は 1966 年の文化大革命の嵐が
中国の歴史を大きく近世に引き戻しましたが、
1979 年「改革開放」路線をひいたケ小平により市場メカニズムの導入を図り、
物質的に豊かになり鎖国状態の門が開き始めました。
石田は中国に対する望郷の念強く1988年8月、日本がバブル経済の絶頂期、
故郷丹東市を訪れました。
以後 200 回に及び中国各地を訪れ、多くの友人・知人を作りました。
私の第一の故郷は中国丹東市です。 私はこの丹東をこよなく愛しています。
衛星放送、インターネットの普及等、情報の開示により
中国女性は日本の豊かさ美しさを良く知っています。

日本に行きたい日本の男性と結婚して日本に住みたい・・・・・・

又日本の男性は結婚して家庭を持ち子供を作りたいと云う当たり前の願望が
難しい時代になっています。
できればこういう男女を一組でも多く結婚させ、
希望を叶え幸せな家庭を作り一人でも多くの赤ちゃんを生み

豊かな人生を送ってもらえばと・・・・・・

私の故郷丹東市を始め大連・瀋陽・吉林・延吉・在日で
384組のカップルを成婚させ、 122人以上の赤ちゃんが誕生しています
この些細な私の行為が日本社会の一隅を照らし、

又日中友好の小さな架け橋になればと頑張っています。

           -合掌− 石田 洋司

 
 
 
 
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